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「卵子若返り」拙速応用懸念 不妊治療に期待、次世代への影響は未解明
科学の森:「卵子若返り」拙速応用懸念 不妊治療に期待、次世代への影響は未解明
「卵子の若返り」を狙う生殖技術の登場が相次いでいる。加齢に伴い女性が妊娠しにくくなる「卵子の老化」への注目から期待は高いが、老化の仕組みは科学的に分かっておらず、実験的側面も強い。卵子という生命の源。操作は許されるのか。【千葉紀和】
●「遺伝的親」が3人
ウクライナの病院が不妊治療で、両親の受精卵から遺伝情報を含む核を取り出し、提供者の卵子を使った受精卵に移す「前核移植」という手法で体外受精したことが今月分かった。2人が妊娠に成功し、来年初めにも出産予定だ。4月には米国のジョン・ザン医師らが卵子の段階で母親の核を提供卵子に移植し、男児を出産した。こちらは遺伝病の原因が子に受け継がれるのを防ぐためだったが、「若返り」でも国内外で研究が続く。
受精前後の違いはあるが、共通するのは卵子の細胞質にあるミトコンドリアを他人のものと置き換える点だ。ミトコンドリアは「細胞の発電所」としてエネルギー源を合成しており、この異変が「老化」の要因との考え方に基づく。従来の卵子提供と比べ、母子の遺伝的つながりを保てる一方、ミトコンドリアは核とは別に独自のDNAがあるため、子には両親と提供女性の3人の遺伝子が伝わり、倫理面や安全性が懸念される。
「第三者のミトコンドリアから来る遺伝子はわずかで、核DNAの遺伝子改変でもないが、不明な点が多い。不妊治療で行うべきではない」。日本生殖医学会で倫理委員長を務めた石原理・埼玉医科大教授はこう指摘する。英国では昨年2月、重い遺伝病対策で臨床応用を容認したが、不妊治療には認めていない。
ミトコンドリアの異変と不妊の関連性を示す論文は多いが、異論もある。ただ、米国では約20年前、未熟な手法で若い他人のミトコンドリアを注入する体外受精が相次ぎ、拙速な応用に批判が高まった。2003年にはザン医師が中国で実施した前核移植で胎児3人の死亡が判明した。
一方で、本人のものを使う試みも進んでいる。大阪市のクリニックは8月、卵巣から取ったミトコンドリアを本人の卵子に注入し、体外受精で2人が妊娠したと発表した。施設側は「卵巣にある『卵子前駆細胞』には良質なミトコンドリアがあり、卵子の質を改善できる」と説明。27~46歳の25人を対象に卵巣の細胞を採取し、27歳と33歳が妊娠したが、効果の程は不明だ。臨床研究としているが、患者負担は250万円に上る。
国の「遺伝子治療の臨床研究に関する指針」は人の生殖細胞の遺伝子改変を禁じている。影響が子孫にまで及ぶためだが、厚生労働省は「今回の自家移植はこの指針の対象外」との見解だ。北海道大の石井哲也教授(生命倫理)は「DNAを扱ううちに変異が入り、改変になる恐れは十分にある。これが不問なら(新たな遺伝子操作技術の)ゲノム編集の生殖医療への応用も起きてしまう」と批判する。
●「老化」を本格研究
そもそも「老化」の仕組みは定かではない。卵子の数は精子と異なり年齢と共に減っていく。残数は特定のホルモンから推測できる。問題は、質の変化とその見極めだ。加齢すると卵子の染色体の本数に異常が出る確率が高まり、受精しても妊娠しにくくなるが、実際は個人差が大きい。
そこで、日本医療研究開発機構(AMED)は今年度、「老化」の仕組みの本格的研究に3年計画で乗り出した。卵子を取り巻く顆粒(かりゅう)膜や酸化ストレスなどが及ぼす具体的影響を探る。責任者の大須賀穣・東京大教授は「今は分からない個人の卵子の質を把握できるマーカー(目印)を開発し、診断や治療につなぐことが目標。ミトコンドリアも重要な研究テーマで、影響を科学的に解明したい」と話す。
出典:毎日新聞社